自分が『HSC』だったと思うエピソード
自分が【HSP】だと知ったのは、ここ最近1~2年の間です。ただ、子供の頃が【HSC】だったかと言う事に対してあまり意識をしていませんでした。
最近、幼少期の事を思い返すことがあり、自分は【HSC】だったと思うエピソードがあったので、そのことについて書いてみました。
【HSP】【HSC】とは
【引用】
HSP(Highly Sensitive Person)というのは、1996年にアメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が発表した概念で、生まれつきとても敏感な感覚や感受性を持った人たちのことをいいます。HSC(Highly Sensitive Child)は、その子ども版です。
出展元: ベネッセ 教育情報サイト
ひといちばい敏感でとても共感性の高い子どもをあらわすHSCとは? 感覚が敏感すぎる子のサポートはどうする?
子供の頃を振り返ると
私は3人兄弟の長女です。私、4歳下に妹、その2歳下に弟がいます。
私と似た性格や気質を持った人は兄弟の中にいません。尚、父とそっくりな性格の弟は『モラハラ・暴力的・マウンティングをする』といった、最も苦手なタイプです。
幼少期から感じる違和感は両親はもとより、兄弟とも分かち合えたことは無かったと記憶しています。
思い返すと、私は幼少期の頃から特に『人の顔色や機嫌、気持ち』に対してとても敏感でした。
HSPのことを知る以前は、『父からの暴言や暴力』を受けたために私が敏感な性格になったと思っていました。
しかし、『HSPの気質が生まれ持ったものだとしたら?』と記憶を辿ると、子供の頃の自分はHSCの気質を持っていたのだと気が付きました。
【HSC】かもしれないと思ったエピソード
兄弟も産まれていない3歳頃の記憶
お隣のお姉さんが外で私を腕に抱いています。喪服を着ていたのでお葬式か何かだったのでしょう。腕に抱かれている私は思います。
『ずっと私を抱っこしているのは不自由だし、重いし大変だろう。』
『動いちゃだめ、じっとしていないとお姉さんは抱っこするのが大変だ。』
『お姉ちゃんが大変。早くこの時間が終わって、お母さんが来ないかな。』
託児所に預けられた4歳頃の記憶
普段は保育園に預けられていたのですが、託児所に預けられることがありました。
全く知らない場所・先生・子供がいる中に突然連れてこられました。泣くことは母に迷惑がかかると、理由はわからずともここで大人しく良い子いようとしきりに思っていました。
極力目立たないように過ごそうと考えた私を、その場にいた子供が興味を持って接してくることが非常に不快だった覚えがあります。
保育園で4~5歳頃の記憶
乱暴者の子もいれば泣き虫の子、すぐに言いつける子、様々な子供がいる中で自分の立場を考えます。
そして、ケンカも泣く子も減らすために、みんなを喜ばせる道化を演じることにしました。
先生方から母親には、『いつもふざけたりして皆を笑わせるユーモアを持った子』と伝えられていますが、自分は争いやキーキー泣き叫ぶ声を聞きたくないからだと思って話を聞いていました。
小学校に上がる前5歳頃の記憶
母は弟を身ごもっている時、長期入院することになりました。
父には仕事があり、2歳になる前の妹と共に京都の叔母や母の実家の広島に合わせておよそ11か月間預けられます。
広島では地元の幼稚園に通うことになり、東京から来た見知らぬ子ということで、いつも注目され、理不尽なことに大人の目を盗んで意地悪されたり泣かされたりしていました。
そのことを祖父や祖母に訴えても、「あたなが大袈裟なだけ」と子供のすることだからと真剣には取り合ってもらえず、さらにお姉さんだから我慢しなさいと言われました。
いつも自分は我慢し、無邪気に甘える妹を優先することが、姉の私の役目なのだと悟ります。
それ以来、祖父や祖母に対してだけでなく両親にも無弱気に甘えることはできず現在に至ります。
小学生の頃の記憶
父は母の口答えを許さず、母の行動に対しても監視下に置かないと不満で、不満があると怒鳴ったりなじったり手をあげる人でした。
泣きながら家を出ていこうとする母を私は何度か見ていました。
3人兄弟の長女である私は、子供心にそれがとても辛く、どうにかして母に対する父からの仕打ちを減らそうとします。
父にバレないように兄弟の世話をしたり、掃除をしたり口裏を合わせたりして母を守ろうと気を張って過ごしていました。
今思うこと
子供心に自分の気持ちよりも、相手の気持ちを優先して先回りするような子供だったと思います。
どうしたら相手が喜ぶか、どうしたら相手が怒らないか、そのことばかりを考えて過ごすことが多かったです。
今思うと、子供のころの私は『とても気苦労が多く、子供らしくない子』だったと思います。
事情があり預けられていた期間を含めて、私には甘えたくても甘えられる時が少なく、また存在自体を否定されることが多い中で成長しました。
生き辛さを感じ体調を大きく崩していた30代に、心理学的に言う『インナーチャイルド』の存在を知ることでその事実と向き合います。
生き辛いと感じる自分自身の気質が両親や周りの大人の影響だけで培われたものだと思っていましたが、HSCの気質も影響しているとわかる今は色々と腑に落ちることができました。
過去の自分も今の自分も、『生まれつき敏感な人』など様々な部分で繋がっていて、結局のところ根っこは何も変わっていないんだと分かりました。
同じ感性と気質を持った『今の自分が、自分の中にいる子供の自分を育て直していくこと』で報われる(癒される)かなと思っています。
最後に
HSCのお子さんを持っている親御さんの中には、お子さんと向き合い方や、様々な反応にどう対処したらいいかと悩んでいらっしゃる方もいるかと思います。
性格の差や親御さんとお子さんとの関係性、家族構成など背景も様々ですが、当事者だった私が願っているのは『人格や存在を否定しないであげて欲しい』ということです。
『人格や存在を否定されること』に子供は敏感です。子供の考えや気持ちを理解できなくても、いつも味方なって、心の拠りどころとして傍にいてあげて欲しいなと思います。
そして世の中のHSCのお子さんに、無邪気な笑顔が増えることを願っています。
最後になりましたが、自分よがりで拙い文章を読んでいただきありがとうございました。
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